2012/10/17
函館に産廃最終処分場はいらない①
この場所に産業廃棄物最終処分場はいらない。
この写真は緑の島から撮影したもの。
標高570メートルの庄司山の麓、標高約240メートルの山林に管理型産業廃棄物最終処分場が計画されています。埋め立て処分場と焼却施設が民間事業者により計画され、函館市は現在、指導要綱にもとづき粛々と審査を進めています。
横津連峰につづくこの自然環境を壊していいのだろうか。
2012.10.17 本間 勝美
日本共産党函館市議団が議会報告会開催
| 左から本間かつみ、紺谷よしたか市議、市戸ゆたか市議 |
本日夜、日本共産党函館市議団主催の議会報告会を函館市美原1丁目の亀田福祉センターで行いました。日本共産党函館市議団は定例会毎に議会報告会を開催しています。
今夜は午後から降り出した雨で集まってくれるか心配していましたが、22名の参加で無事開催できました。
私は第3回定例会での質問のうち、公園の一元化、介護保険料の減免制度、決算特別委員会での除雪費の質問。民生常任委員会で閉会中継続事件となっている亀田中野町に計画される産業廃棄物処理施設について報告しました。
参加者からは
①大間原発をつくる電源開発という会社は原発の建物をつくる会社なのか?
②産業廃棄物処分場について、どこかに処分場をつくる必要がある。函館市から出たものに責任があるのでないか。現在、函館市から出た産廃の最終的な行方は?
③高校生議会が行われたが、子どもの視点、若い人の視点を市政に反映させるためにも1度きり
にさせないことが必要だが、若い人たちの雇用の場を生み出すような役割を果たしていくのではないかと思うがいかがか。
④議会での議員が行う質問について、質問というよりは政策提言という内容となっている、質問という言葉は相応しくないないので質問に代る言葉にしたらどうか?
⑤毎週金曜日の市役所前での大間原発反対行動に参加しているが、社民党の福島瑞穂党首が函館に来て市長を訪問し市民との懇談も行うと聞いたが共産党も行ってはどうか。
⑥国民健康保険料や介護保険料の減免制度について、申請すると全額免除になるのか?
⑦大間原発建設再開について、共産党函館市議団としての取り組み、今後の行動は?
などの質問があり、出された質問について各市議が答えました。
2012/10/15
函館からも見える、尻屋でがれき処理がはじまる
| 2012年10月15日函館市役所から撮影 |
函館市役所8階から撮影した津軽海峡です。函館市街地から見える下北半島は左から東通村、むつ市、風間浦村、大間町、佐井村と続きます。むつ市の部分は高い位置からでないと水平線に沈んで見えません。
五稜郭タワーからははっきりと東通村からむつ市に伸びるラインを見ることができます。
上の写真の「東通村」の部分に高桑山があります。低い位置からみると島のように見えます。
| 薄っすらと高桑山が島のように浮かぶ、山頂には数十基の風車が並ぶ(2012年10月15日) |
津軽海峡に面する、東通村尻屋にある三菱マテリアル青森工場は10日から岩手県野田村の震災がれきを本格的に搬入しました。
毎日新聞によると、年度末までに、野田村から2500トンのがれきを搬入し、焼却処理するという。
「この日は、木くずや紙くずなどの可燃性廃棄物約10トンを、トラック2台で工場に搬入。県や村職員、周辺の村民約10人が立ち会い、車両やがれきの放射線量を測定。結果は毎時0.02~0.03マイクロシーベルトで受け入れに問題がないことを確認」したという。
「がれきはさらに粉砕して焼成炉の燃料に使うほか、燃えかすをセメント原料に再利用、焼成炉からの排ガスやセメントに含まれる放射能物質の濃度を月1回、敷地内4か所の放射能量を週1回、測定し安全性を確認する。」としています。
1日には大間原発の建設が再開され、10日には尻屋の三菱マテリアル青森工場で震災がれきの本格搬入、
この写真に写る海岸線(むつ市)では、使用済核燃料の中間貯蔵施設の建設もすすみ、現在進捗率は70%を超え、来年10月に完成し、完成後はこの津軽海峡の太平洋側、日本海側から使用済核燃料を積んだ船舶が往来することになります。
| 東通村役場庁舎(2012年5月20日撮影) |
ところで、東通村は東北電力東通原発1号機の再稼働と、東京電力東通原発1号機の工事再開を町長、議会とも言っているばかりか、自分たちの原発から出たものは自分たちのところで最期まで責任をとると、使用済核燃料など放射性廃棄物の最終処分場をわが村へと訴えています。
東通村は南北に長く、集落が点在し村の中心と呼べるところがありませんでした。そのため長年、村の役場はむつ市の中心部にありました。(旧椴法華村の役場が函館駅前にあるような感じです)
しかし、原発ができ多額の原発交付金が入り、東北電力が2か所、東京電力が2か所の計4か所の原発が並ぶことになり、それを見越して村は、人工的な中心を造成させ、役場、消防署、小学校や中学校、幼稚園、老人保健施設、診療所、公園などを矢継ぎ早に建設。
すべては4基の原発が並ぶことが前提ですので、借金をして建設したのです。
4基できなければ、もう最終処分場でもがれきでも、なんでもござれの東通村です。
だから日本原燃の社長が最近、東通には4基すべてつくれと豪語できるのです。
しかし、「青森県を最終処分地にするな」と政府に強く申し入れをしている三村青森県知事も東通村の「最終処分場」宣言には困り果てているようです。
私たち函館市民は、大間原発建設中止(無期限凍結)を求めながら、なぜこんなに下北は核を受け入れるのか?その背景も学ぶ必要があるのではないかと考えます。
2012.10.15 本間勝美
2012/10/14
第22回道南赤旗まつりが盛大に行われました
秋晴れの青い空の下、心配された雨も降らずに、北斗市八郎沼公園で第22回道南赤旗まつりが本日、行われました。
記念講演は、高橋佳大道8区衆院選挙予定候補(共産党函館地区委員長)がいまの政治をとてもわかりやすく講演しました。
大震災と津波によって大きな被害が出た、岩手県山田町の復興支援コーナーも設けられ、共産党の木村洋子・山田町議もステージから参加者に復興への協力、山田町民からのメッセージを伝えました。
| 木村洋子・岩手県山田町議 |
| 深堀・花園地域の後援会のテント |
2012/10/12
米空軍F-16戦闘機が函館空港に緊急着陸
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| 函館空港に駐機する米空軍F-16(徳永好治氏提供) |
本日午前11時15分頃、函館空港に米軍三沢基地所属のF-16戦闘機が緊急着陸しました。函館市空港港湾部に問い合わせたところ、フライトコントロールシステムの故障のために緊急着陸をしたとのこと。2機編隊で行動していた模様で、もう1機も函館空港に着陸し、函館空港のエプロンに2機のF-16戦闘機が並び駐機することになりました。
米軍三沢基地所属のF-16は今年7月24日に根室沖で墜落事故を起こしたばかりです。数年前にもF-16が機体異常で函館空港に緊急着陸しています。
11時15分頃、私は日乃出町の日本共産党函館地区委員会で会議中でしたが、ゴーッという音の響きで機体を見なくても、すぐに戦闘機だなとわかりました。
私が初めて戦闘機を見たのは1976年9月6日、小学校2年生の時です。八幡小学校からの帰り道、田家町の新興通りを隣りに住む尚美ちゃんと一緒に下校中、雷のような轟音に命の危険を覚え、門柱に体を隠した記憶があります。
垂直尾翼には赤い星のマークがしっかり確認できました。亀田小学校方面の上空を水平飛行する姿と、本町方面を機首を右に上げて上昇する姿をいまでも鮮明に覚えています。赤い星はアメリカの飛行機だと思っていましたが。
その日の夜のテレビニュースはこの話題で独占され、はじめて
ソ連の最新鋭戦闘機MiG25だとわかりました。
夜には、米軍の大型輸送機ロッキードC-5ギャラクシーが函館空港に着陸していく姿を田家町にあった日本化学飼料の社宅(現在のセブンイレブン田家町店)の自宅窓から見たものです。
いま考えると飛行機に興味を持ったのはこのときからではないかと思います。
今回、緊急着陸したF-16、実は2002年から5年間住んだ江差町では、頻繁に低空飛行訓練をしている姿を見ることができました。 夜間、厚沢部町木間内の国道を函館に向けて車を運転中、右方向から爆音と衝撃波を受けたことがあります。機体を見たわけではありませんが、おそらくFー16戦闘機が鶉ダムなどを標的にして訓練を行ったのではないかと考えます。
江差町では、音の壁を破るときのドーンという衝撃音をたびたび体験しました。
昨日までいた愛媛県ではオスプレイが飛行したというニュースが流れていましたが、米軍には航空法を無視して飛行できる特権が与えられています。
戦後67年たった今でもアメリカの支配下に甘んじる日本国、
いい加減、真の独立国家・日本を目指し日米安全保障条約は即刻、やめるべきだと考えます。そして対等平等の日米関係を築くため日米友好条約を締結する必要がありと思います。
F-16戦闘機の函館空港緊急着陸でそんなことを考えました。
2012.10.12 本間 勝美
2012/10/09
函館発羽田行き 空の散歩① 5分で大間原発沖へ
ANA4743便は、エア・ドゥの機材、乗務員によるコードシェア便(エア・ドゥ44便)
使用機材は、ボーイング767-300。10月1日から社名を株式会社北海道国際航空から、株式会社エア・ドゥへ変更。
順次、機体に付けられた北海道国際航空の英語名Hokkaido International Air linesの文字も消えていくことになります。
午前9時、函館発羽田行き ANA4743便(エア・ドゥ44便)、福原機長が操縦桿を握るボーイング767-300は9時07分、7000年前の縄文時代の集落が眠る滑走路から離陸、眼下に北海道らしい牧草地が広がる中、機体は大きく東から南に舵を切るように右カーブで津軽海峡へ入っていきます。
すぐに対岸の青森県下北半島が前方に見えてくる。朝日に照らされた津軽海峡の海面にはジグソーパズルのピースのような雲の影が写っていました。
津軽海峡は国際海峡、ロシア戦争時、この津軽海峡にバルチック艦隊が進入してくるよの情報が伝えられ函館市民はパニックになったとの記録が残ります。商港である函館港と函館のまちを防衛する目的で函館山が要塞化され、第2次世界大戦下では津軽海峡の両岸が津軽要塞司令部が設置され軍事拠点化していきました。
国際海峡は、どこの国であろうがどんな船であろうが通行可能な海峡(公海)です。
9時12分、函館空港を離陸して5分、本州最北端のまち、大間町が目の前に広がります。函館市民にとって大間はマグロで有名なまちではなく、函館市民のいのち財産をすべて失う可能性の大きい、大間原発が建設されているまちとなっています。
上空から見る大間町は下北半島からさらに津軽海峡に突出しているようすが見て取れます。まさに大間半島のようです。
先端部の大間崎と函館市汐首町にある汐首岬間がわずか17.5Kmしかありません。その大間崎の沖に小さな島、弁天島が見えます。弁天島にある大間崎灯台の灯りは函館市内まで届く。この周辺に活断層があるとされます。大間原発を止めるには私たち函館市民の力だけでは困難なのかもしれません、全国の脱原発を願う多くの国民のみなさんの力が必要です。
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