青い海、青い空
函館のまちに日射しが降り注ぐ!
函館港ではスズガモたちが羽を休ませています。
ロシアから渡ってきたのでしょう。
人間たちの国境を巡っての争いをスズガモたちはどう見ているのでしょうか?(北ふ頭)
2月20日は港町の街頭宣伝からスタート。これからは函館の新興住宅街へGO !
2015/02/20
2015/02/15
散歩みち 2015年2月15日号
本当に8月15日は終戦記念日なんだろうか?
時計の針を70年前に戻します。1945年2月11日米英ソの首脳が黒海沿岸の都市ヤルタに集合しアメリカはソ連に対日参戦を要望。ソ連首相スターリンは「千島列島をソビエト連邦に引き渡すこと」を求めヤルタ秘密協定に盛り込むことに成功します。重要なのはソ連の対日参戦はアメリカの要求であり、千島列島の領有はソ連の要求なのですがサンフランシスコ平和条約に盛り込んだのはアメリカだということです。
ソ連はアメリカによって長崎にプルトニウム型核兵器が投下される8月9日未明から対日参戦し満州から順次樺太、千島へと軍を進め9月3日に歯舞群島にソ連軍が上陸。9月5日までに占領を完了。8月15日の昭和天皇による玉音放送後にも戦闘はつづき犠牲者が生まれ決して戦争は終わってはいません。
| 東京大空襲戦災資料センター |
日本政府が降伏文書に調印した9月2日以降、沖縄では9月7日に沖縄での降伏調印式が行われています。日本の指導者が戦争を早期に終結できていたなら東京大空襲も沖縄戦も2都市への核兵器使用も「北方領土」問題も無かったはずです。
夕方の赤川通りから
夕方の赤川通りから函館山を望む。
テレビ局の送信アンテナが並ぶ、函館山最高峰の御殿山は334m。
御殿山の麓にはよく見ると国の重要文化財 旧函館区公会堂の姿が見えます。
公会堂の下にある元町公園には江戸時代、
松前藩や幕府の奉行所が置かれ御殿(奉行所)の上にあるから御殿山と名付けられています。
テレビ局の送信アンテナが並ぶ、函館山最高峰の御殿山は334m。
御殿山の麓にはよく見ると国の重要文化財 旧函館区公会堂の姿が見えます。
公会堂の下にある元町公園には江戸時代、
松前藩や幕府の奉行所が置かれ御殿(奉行所)の上にあるから御殿山と名付けられています。
2015/02/12
2015/02/08
散歩みち 2015年2月8日号
| 軍事鉄道”国鉄旧戸井線”の遺構 アーチ橋 |
本間かつみキャラバンと名付けた街頭遊説で訪れた戸井地域。下北半島を右に旧戸井線の遺構を左に見ながら宣伝カーは小安、釜谷、汐首というアイヌ語由来の地名のまちを走る。
薄らと雪化粧した瓦屋根の町並みはまるで本州のよう。大間原発からの距離が最短の汐首岬を回ると天気は一変、積雪なし青空が広がり春のような陽気だ。同行していただいた原田有康党渡島桧山地区委員長(元戸井町議)は汐首岬を越えると函館からの電波が届かず昔は青森のテレビしか映らなかった、天気予報は下北地方の天気を参考にすると話す。
昼食先のドライブインでは、地元で「ムイ」や「ミオ」と呼ぶオオバンヒザラガイが出てきた。酒のつまみに合いそうな浜の一品だ。戸井には「ムイ」と「アワビ」が戦い武井の島の西側はアワビの国、東側はムイの国とした伝説が残る。松前藩の家老だった松前広長が著した松前志にはオオバンヒザラガイが絵図で示されいる。
この地域の伝説と珍味、そして埋もれている歴史、景観、味覚を掘り起こし地域活性化に生かす、本間かつみ版「地方創生」です。
2015/02/05
道南地区農民連盟定期総会で挨拶
| 北斗市農業振興センター |
道南地区農民連盟の第42回定期総会が2月5日北斗市農業振興センターで行われ来賓として参加しました。
開会宣言があと農民連盟の綱領を参加者が唱和。つづいて行き過ぎた市場主義・競争原理を強いる、官邸・財界主導の急進的な農業改革は断じておこなわないなど4項目からなる『急進的な農政改革に断固反対する特別決議』を行いました。
私は来賓の挨拶の中で総選挙では北海道から11年ぶりに衆議院議員を誕生させることが出来たこと。畠山和也衆議院議員は農林水産委員会に所属し早速1月13日に西川農水相に対して北海道の酪農、畜産の現場の声を届ける質問を行っていることをお伝えし、身近な相談のチャンネルが一つ増えましたのでお気軽に日本共産党へご相談をと大会参加者に案内しました。
続けて今年が国連が定めた国際土壌年だということを話し、昨年の7月に私も参加した大間原発現地反対集会で飛ばした風船の一つが厚沢部町の館地区の農地にまで届いたことを紹介し、チェルノブイリ原発事故やアメリカなどの核実験により土壌が汚染させられたこと、福島第一原発事故があり、さらに大間原発や泊原発で事故が起きたら北海道の農業は壊滅する。大地、土壌を汚す大間原発も泊原発再稼働にも反対しなければならないと結びました。
2015.2.5
2015/02/01
散歩みち 2015.2月1日号
| 江差町の中心 |
吹雪の中山峠を越え第二の故郷である江差町へ向かった。
函館生まれの函館育ちの私にとっては70km、車で1時間半の距離でしかないが函館を離れて暮らすはじめての地江差町は紛れもなく第二の故郷である。
5年間の江差生活は私を大きく成長させ逞しくもさせてくれた。このまちで地域医療を学び、目の前に日本海の大海原が広がる図書館の机で社会福祉士の受験勉強をした。今回の江差行の目的はなんとしても私を道議にと江差の党と後援会が新年会に招いてくれたもの。何年か振りでお世話になった方々と会うことも出来た。
江差町の人口は私がいた頃は1万人を越えていたが現在は約8千4百人と急激な人口減少だ。地方からはじまり都市部そして大都市部まで日本国が沈んでいく。過疎と急激な人口減少は先進国で唯一。豊かな海と森、田園が広がる道南の地の産業を根こそぎ奪い過疎の原因をつくったのは自民党政治である。その自民党が「地方創生」なんて出来るはずがない。
私は道政の場で世代継承ができる生活基盤とそのための産業をここ道南の地に創出する仕事をしたいと胸を膨らませている。
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